okamehachimoku review

大衆演劇のお芝居ってどんなの?(独断・私見の)大衆演劇観劇ガイド

『風来坊と巾着切り』都若丸劇団 6月25日夜の部

初見のお芝居。大衆演劇によくある「悪い親分を懲らしめる」パターンの完全なパロディ。ホント、よくできていた。要約すると、「茶店の老主人(剛)とその娘を助けるために、ヤクザ一家に乗り込んだ時雨の半二(若丸)の助っ人顛末記」ということになるだろう。もちろん悪(親分一家)が滅び、善(半二)が勝利するというオチ。

老主人(大仰に腰を屈めた剛さんの「年寄り」振りが笑えます)は土地の親分、暗天の闇蔵(星矢)に5両の金を借りていた。5両に利息がつきいまや10両にふくれあがっていると親分一味は吹っかけている。星矢さんの親分もケッタイ度は半端ない。剛さんの「変装」と良い勝負。ここで(大衆演劇の十八番)悪い一家お決まりの「金が払えなければ身体で返してもらう」という台詞。娘を女郎屋に売り飛ばすというのがお定まりのパタ―ン。でもここでは「返す」のは娘の方ではなく、老主人の方。見せ物小屋でその「奇妙な」ならぬ「珍妙な」身体を曝して稼がせようというもの。観客の「期待」は見事に肩すかしを喰らう。

同情した旅人の半二、二人の代理で親分一家に乗り込む。ドスの勝負ではなく、骰子での勝負を申し出る。自分が負ければ命をとってもよい。もし勝てば百両を半二が受け取るという条件。親分は承諾。自分が勝負する代わりに折しも宿泊していた老ヤクザ、稲妻の銀蔵なる男(城太郎)に勝負を預ける。

半二と銀蔵が勝負している最中に、鳥追い女が一家の若い男達に連れてこられる。彼女は親分の懐から巾着を盗んだスリだった。皆の視線がその女の方に向いている隙に、銀蔵は骰子の組み合わせを半二の賭けた目の方に差し替える。で、骰子博打は半二の「勝利」となり、半二はまんまと百両を親分からせしめる。ここでは観客はまだ銀蔵が半二の肩を持ったのは、その義侠心だという思っている筈。

金を盗られて癪に障って仕方ない親分。子分たちに半二の後を追わせる。奥にいた銀蔵が出て来る。彼も半二の助太刀をしようと果たし合い場に出向く。 

茶店にやって来た半二。老主人と娘に(分捕った百両のうち)二十五両を渡し、立ち去る。

半二が暢気に釣りをしているところへ、暗天一家が仕返しにやって来る。迎えうつ半二。この場面の朝日劇場のセットが素晴らしい。他場面もセットは大舞台と良い勝負の完成度の高さ。このすばらしいセットと互角に伍して行けるのは、都若丸さんならでは。棟梁もさぞハッピーでしょうね。 

半二と銀蔵の連合軍は、悪い一家、そしてそのケッタイな親分を成敗し、「めでたし、めでたし」となるところ、そういうオチではないのがパロディのパロディたるところ。鳥追い女が登場、さらには銀蔵が登場。半二とその二人との会話から、三人が実は親子であることが判る。

例の茶店の老主人(以前の腰を屈めた姿勢はどこへやら、まっすぐ颯爽と立っている)が娘に出刃包丁を突きつけながら登場。「(半二が持っている残りの)七十五両を渡せ」と半二に迫る。仕方なく残金を渡す半二。老主人とその娘はスキップしながら帰って行く。

最後までオチのオチまみれ。というのは、老主人が持って帰ったのは贋の金。半二が釣り糸を垂らしてつり上げたものは、風呂敷包みの七十五両だった。件の父娘はニセモノを掴まされたということ。三人はちょっとした諍いをしながらも、仲良く(なんてったって「家族」ですから)旅をかけ続ける(ただし別々に)というオチで、本当のオシマイ。「家族」のもつ独特の湿っぽさを覆す芝居だった。

 

<舞踊ショー> 印象に残ったもののみ。

第一部

若丸  立ち  「明日への讃歌」

ブルー地に大きな光る花柄模様。それに目も醒めんばかりの青の図柄の入ったセンスを持って。

 

第三部

虎徹  立ち  「Ai」

しみじみとよかった! 

剛      立ち   「女流れ唄」

本振袖に着物に合わせた 扇子を持って。剛度、百パーセント。

若丸   女形   「北の蛍」

綺麗でため息が出た。

 ラスト  「夜桜お七

何度もみているけれど、いつも新鮮。